プロローグ
弱肉強食と言う言葉がある。
強者が生き残り、弱者は死んでゆく。
何時どこででも殺しあう。生き残るために。強者であるために。
ある人は自分たちだけでなく、周りの弱者と言う仲間のために殺しあう。
それが許される。生きるために許される。生かすために許される。
生かすために…相手を殺す。
ここはそんな時代の世界。
ここは秩序が不完全な【乱世】。
どこででも争いは起こる。殺し合いは起こりうる。
誰とは問わない。やろうと思えば誰だって刃を持てる。
いつとも問わない。朝昼晩そして夜中。
いつだって起こりうる。だから奇襲と言う戦法がある。
どうしてと問うのか? 言ったはずだ。生き残るため、若しくは弱者を守るため。
では誰と誰が戦うのか? いい質問だ。今まさに命をかけて戦っている者が2人いる。
周りには何もない。雄大に広がる草原と、目の前に居る敵のみ。
一人は筋肉質そうな、斧を得物とする男。いかにも屈強そうな体つきで、腕力と斧を駆使して敵を斬り裂かんとする。
もう一人はこの草原の住民。
剣を得物とする、ただの少女。
特に筋肉が発達しているわけでもなく、細腕ながら俊敏な身のこなしと抜刀術で男に対抗する。
いかがだろうか。前者はまだ分かるだろう。…だが後者は?
そう…誰もが戦士と成りうる。誰もが血を浴びる事ができる。
それがこの世界。【エレブ大陸】と呼ばれる乱世の世界である。
互いに間合いを取り合う。
横走りしながらスキを伺い、時に得物が交わる。
どちらかが進めばどちらかが下がる。
距離は一向に縮まない。
どれだけ時間が経とうがかまわない。
この流れとなったら疲労を待つ。
そして隙を見せたら一気に畳み掛ける。
大ぶりの斧が相手ならば剣の速度で勝っている。
それが少女のいつもの勝算だった。
だが男の方は余裕というものがあった。
体格、腕力ともに上回る自分が負けるはずないと確信していたのだ。
まれに少女のような奴が武器を持って突っかかって来るが、いつだって返り討ちにできた。
だからこの少女相手にも同じく、いつでも斬り落とせると踏んであえて少女の無駄な作戦に合わせていたのだ。
品のない笑みを浮かべながら、ねじ伏せた後はどうしてやろうかと、そんな考えも巡らせていた。
だから勝利の女神もこの男が勝つことが癪に障ったのだろう。
相手を舐め切った態度で、しかも勝負のついてない内から勝った後のことを考えるなど、灸を据えなければならないと思ったに違いない。
戦いを左右するのは実力だけではない。
それを思い知らせてやろうと女神はこの場の筋書きを、二人の思いもよらぬ方向へ導いた。
男は…いや、少女の方も気付かなかっただろう。何もない草原で足元を何かに躓いて、バランスを崩して倒れてしまうなんて…。
「な……ぎゃあぁっ!!」
だから少女が、バランスを崩しているその男に斬りかかるのは、至極当然な事な訳で……。
これで男も分かっただろう。戦いを左右するのは実力だけでなく、運も左右するのだと。
尤も、知ったところであの世で使い道があるかは不明だが。
殺伐とした空気にお構いなく、草原の風は常に心地よく吹く。
風は少女の高ぶる気を抑え、ようやく一息をつくだけの余裕ができた。
そして、なぜ自分は男に勝つことができたのかをおさらいする。それは間違いなく、男が何かに躓いて致命的な隙を作ったからに他ならない。
周りを見回す。目の前にはさっきまで闘っていた男の死体、そしてその傍らに、男が躓いたと思われる【ソレ】が映る。
何なのかを確かめようと少女は近づいた。
ゆっくりと【ソレ】に近づき、少女は目を凝らして観察する。
蹲っているが、手もあれば足もある。形体からして人間にしか見えない。
何よりも服を着ている。黒く襟の立った服に紺色のマント。腰に長めの布を巻いてブーツも着用。
これだけ旅人チックな姿をした猿がいるのなら是非ともお目にかかりたい。
しかしこの旅人はどうして蹲っているのだろう。
足を畳み顔は地面にのめりこみ、まるで微動だにしない。男が躓いた個所は恐らくこの人の脇腹だろう。
思い切り蹴られる状態でもないから気絶したとは思えない。
……ならば既に死んでいる?
少女は不安になりその人を仰向けにして胸に耳を当てる。心臓の音は感じ取れる……生きている。
生きているのならば家に連れ帰って解法してやるべきだろう。少女はそう結論付けて旅人の顔を見る。
「………うそ」
その瞬間、驚きとともに何故その人が仰向けになって蹲っていたのかが分かった。
「草……食べてる」
少女の目に入ったのは、無数に生えている草原の草を限界まで頬張った旅人の姿であった。